光明寺 合同墓

正面から

「つくる」ではなく、「できた」共同墓

共同墓という形式は、今の時代を反映したものかもしれませんが、一方で、100年後も見据えたものでなければなりません。

100年後にも残り続ける意志、精神性が求められます。

お墓に入る人、そこにお参りする人達の思いを想像すると、その場所にはあまり個人、作家の名前が表面に出てくる場所ではなく、もっと匿名性の高い場所であって欲しいと思われます。
誰かが「つくった」場所ではなく「できた」場所であって欲しいと思いました。

「できる」ものを「つくる」ということは矛盾ではありますが、そのような「方向性」「元となる考え方」はあり得ると思います。

100年後に残って欲しいのは、物の存在感、職人さん達の作業の痕跡、偶然が生み出した美ではないかと考えました。
それは、長い時間を掛けて街にとけ込んでいくものあって欲しいと思います。

今回、共同墓という設計依頼に直面して考えさせられた課題は、お墓という特殊な機能だけに求められるのではなく、他の建築にも共通して求められる課題でもあると思います。

「つくる」という姿勢ではなく、「できる」ことを期待して、物事を進める考え方は、「これからの街の遺伝子」となり得るのではないかと思います。

2021.06
広島県広島市

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